相続相談事例集
相続と訴訟その②~遺言書と共有物分割請求
Xさんは、Yさんの後妻になり、養子にはしなかったものの、Yさんの先妻の子であるY1さんとY2さんを育て、つつがなく暮らしておられました。
やがて、Yさんが亡くなり、Yさんが残した遺言書により、Xさんは暮らしていたマンションを一人で相続することになりました。
しかし、Y1さんとY2さんは、これに不服で、遺留分減殺請求を行い、10分の1以下の僅かな持分ではありますが、Xさんと共有状態になりました。
その後は、Y1さんとY2さんは、全くXさんと交流が絶えている状態になりましたが、ある日突然、Xさんに「自分たちを養子にしろ」と迫りました。しかし、以前からのことがありましたので、Xさんは拒絶しておられました。
それから数年の後、Xさんは、体を悪くされ、いつもお世話をしていた甥のAさんに、マンションを遺贈する旨の公正証書遺言を作成されました。それから間もなく、Xさんは、マンションで孤独死の状態(病死)で発見されました。
マンションの内部は、Xさんが倒れた際にストーブが倒れたことによる小火があり、焼き焦げた部分もあったため、Aさんは、マンションの片づけとXさんの遺品の整理をしておきました。そこには、Xさんの個人の持ち物しかありませんでした。その上、もはやマンション内のものは廃棄するしかない状態になっていましたので、Aさんは、これらのものを全て業者の査定を受け、廃棄費用を支払って片付けを行いました。
Aさんは、Xさんの生前の希望の通り、Y1さんとY2さんには死亡を伝えず、ご葬儀を済まされました。
そして、葬儀後、自分がXさんの遺言書によって、この不動産の共有者となったことを通知し、共有物の分割を申し出ました。
しかし、Y1さんとY2さんは、様々な理由をつけてこれを拒絶したため、Aさんは、当相談室にご相談に来られました。
Aさんは、共有物分割請求をしたいこと、マンションなので現物分割はできないため、できれば競売による分割ではなく、全面的価格賠償による分割(最高裁平成8年10月31日判決。なお、相続Q&A「遺産を実際に分配する方法は、どんなものですか?」参照)をしたいとのご希望をお持ちでした。この場合、確かに判例の基準でも可能性があると考えられましたので、Aさんは本人訴訟による共有物分割請求訴訟(民法258条)を起こすことに決め、当事務所は、訴状その他の作成による支援を行う事となり、不動産の管轄地の地方裁判所に訴訟提起しました。
Aさんの主張は実に単純で、①共有物の分割を求めること、②分割方法は、全面的価格賠償によること、査定により、当該マンションは数百万円程度であり、Y1Y2の持分の価格として数十万円程度で買い取りたいこと、それができない場合は競売によること、③遺贈後にさんが支払っている固定資産税や管理費等の建物の管理に関する費用(民法253条)について、持分に応じて支払うこと、などです。
Aさんの主張に対し、Y1さんとY2さんは、故Yさんのものも入っていたであろうマンション内の動産をAさんが勝手に処分したことにより、自分たちの「思い出の品」が無くなってしまった、これは不法行為にあたるとか、この訴訟はその不法行為に基づくものだから、訴訟に必要な交通費や宿泊費は損害に当たり、Aが負担すべきだとか、原告単独取得による分割に応じるにはやぶさかではないが、今回の場合、原告が持分を独り占めにするのだから、Aの所有権の価値は膨らむはずで、このような場合は限定価格による査定を行うべきだ、それで計算しなおせ、などと反論してきました。
Aさんは、これらの反論に対して、不法行為はなかったこと、またこれらは共有に関する債権(民法259条1項)にはあたらず、そもそもこの訴訟には関係ないこと、限定価格を主張するのであれば、主張する被告がその計算式を表して価格を主張すべきで、さらに別訴で不法行為の事実を主張立証せよ、と再反論しました。
二回目の期日にY1さんとY2さんはやっと出廷しました。被告側は、不法行為については「立証不可能だが、それは原告が破棄したことが証拠であるから明白である」とだけ主張し、限定価格については一切主張立証ができませんでした。裁判所は、不法行為は今回の訴訟にまったく関係ないこと、価格についてきちんと主張することを被告に求めました。
三回目の期日は、電話による和解が試みられました。被告側は、自分たちで主張してきた限定価格を何も主張せず、不動産業者による通常の価格査定書を多数出し、その中で倍以上の価格をつけた、とび抜けた異常な最高額の査定書ひとつだけを基準として倍以上の価格を挙げ、さらに、繰り返し様々な理由を付加して不法行為性を挙げ、さらにその不法行為分の損害賠償の価格を勝手に算定し、付加して主張してきました。どうやら、彼らが言いたいことは、二人でマンション価格の半額程度が欲しいことのようです。
これに対して、裁判所は、被告側に大変厳しい態度を見せました。不法行為は本件訴訟では関係ないと繰り返し釈明しておいたにも関わらず、あえてまた繰り返し主張し、それを理由に価格を決めてきたことについて、再度、価格算定に関係ないことを強い口調で釈明し、それだけいうなら反訴を提起すること、期間を決めてそれができないなら結審する旨、はっきりと宣言しました。
四回目の期日では、被告側は反訴提起を「体調不良のため今回はあえてしない。また、当方は原告に言いたいことが沢山あり、マンション名義が原告のものになることは許せないだけであるから、競売を求める」とだけ陳述し、結審しました。
判決は、原告主張とほぼ同額の金額による全面的価格賠償による分割(全面的価格賠償のよる分割方法によること、持分相当額の確定、およびその支払の引換に移転登記を認める引換給付判決)と維持費等の支払請求を認めるものでした。理由は、
①本件建物は分譲マンションであるから現物分割は不可能であり、当事者双方とも原告の単独取得に反対していないこと、原告が持分の大半を有していることから、原告に本件建物の所有権を取得させ、被告らに価格賠償金を支払わせる分割方法によるのが相当である。
②当該建物について当事者双方が算定した中で平均をとれば、概ね数百万(※原告が主張した金額に近似した金額)に収まっていることが明白であるから、この価格を基準にした持分割合に相当する金額の価格賠償金支払わせる旨の分割をすることとする。
③Xの死亡後、当該建物は空き家で、当事者双方による排他的使用収益がなかったのであるから、本件建物の管理に関する費用(民法253条)については、共有持分に応じて負担すべきものであるから、原告がX死亡後負担した本件建物の管理費用については、事務管理費用の償還請求権ないし不当利得返還請求権に基づき、原告の被告らに対する費用償還請求権を認容できる。
との内容で、ほぼAさんの完全勝利となりました。
※コメント
今回の事例は、相続をきっかけに訴訟にまで発展したケースです。
このような訴訟に至るまで遺産分割が紛糾することは、全体としてはそれほど多くはないのですが、話し合いに応じないなど、前に進めるためには、解決に向けて、ご本人の粘り強いご意志と、法的手続が必要になってくる場合もあります。
本件に関しましては、ご本人が大変な勉強家で、また訴訟の進め方や主張内容に関しましても、よく検討されている方でした。
※なお、本件では、民法253条2項による持分買取はできませんでした。この買取請求の場合、共有物に関する費用請求を行い、1年以上の経過が必要です。ご相談に来られた時点では、相続直後で、未だ共有物の管理費用などの請求は行っておらず、1年以上かけることはできなかったからです。
相続問題では、場合によっては、法的手続を辛抱強く行う、ご本人の強いご意志がとても大切になることもあります。